電話のこと

一週間くらい前に頼んでおいた電話機用の電池が届いた、との連絡があったので取りに行った。

交換用の電池を借りていたので使用していたが、借りた電池もすぐヘタってしまう。

だから、充電用のコードつきの物を持ち歩かないと、いつ使えなくなるかわからない。

それでも交流用の電源がないと充電できないので、使用に限りがあるのは当然だ。

不自由だが何とか使っているのだが、どうも電池のせいだけではないのではないかと思われる。

そこで、Auショップの人に、「同機種の電話機が未使用状態で持っているので、どうしたらこの不調のものと交換できるか?」を調べておいてくださいと。

ところがどうだ。

「今この場でなら聞いて調べるのは出来るが、調べてから知らせるのは出来ない」というのだ。

調べるには、新しい電池が駄目かどうかを調べないといけない。それには1時間はその場にいないといけない。

更に、持ち主が「この場に居るか、居ないか」で、聞くことが可か不可かになるのだ。

全く話にならない。 電池がダメそうだから、本体を換えるのにどうしたら合理的にできるかを、考えてやるのがお前の仕事ではないのか。

先にも書いたが、この会社は「顧客第一を考えていない日本を代表する企業」ではないのか。

下手をすると、役所以下の企業のように思える。

 

便所を借りろ

小社を来訪の度に必ずトイレを借りる人がいる。

しかも、女性である。女性を特別にしているわけではないのだが、その度にトイレを借りていくのも珍しい。

本日も朝電話があって、14:00に来所。

話が終わったので、思い切ってその事を尋ねてみた。

すると、思いがけない答えが返ってきたのである。

「取引先におじゃましたら、必ずトイレを借りる」事にしているというのだ。

我々の時代は、「取引先で便所を借りるような失礼なことをするな」と教えられたが、彼女は全く逆だ。

それは、トイレに行くまでの間にその会社の殆どが見えるからだという

社員の活気度、在庫の状態、場合によっては資金繰りまでが察せられるというのだ。

そして、トイレは清潔であるか。

その会社の仕事に対する姿勢が現れるし、経営者や管理者の性格までがわかるというのだ。

会社の情報はトイレに詰まっているのだ、ということを教えられた。

ファンモンまもなく解散

雑感

八王子出身のDjケミカル。

最初に知ったのはお昼を食べに行く「うどん屋・たまや」に貼ってあった「ファンキーモンキーベイビーズ」の写真だった。

この店に時折食べに来るということだったが、その時は、うす汚い三人組位にしか思っていなかった。

今や八王子を走るバスは、大きいファンモンの写真で飾られていて何事かと思うほど。

京王線の電車まで写真が飾られて、「ファンモン号」には若い人が大勢集まっているらしい。

 聞くと、このグループは6月を最後に解散するらしい。

Djケミカルがお寺の息子で、そのお寺を継ぐということで、修行に入るらしいのだ。

 小生の仕事をお願いしている84歳の青年・江頭さんの工場の、すぐ近所にお寺がある。

だから、ケミカルと奥様を3度ばかり見かけている。

お寺から150mほどに新築の家が昨年完成しているので、よく見かけるのである。

間もなく彼は一般人となり、やがて檀家から慕われ、尊敬される存在を目指すであろう。

彼の事は全く知らないが、引き際の良さや、尊大さがない事から、立派な僧侶になる事だろうと思う。

 

色が持つ効果

雑感

色について考えたことがあるだろうか。

一年くらい前に「緋色」について書いた覚えがある。

この色は昔から不思議な力を持つと言われるが、色によって印象が変わるということを色んな場面で体験する

例えば、薬の鎮痛剤は痛みを沈め、安らぎを導く青色を基調にしたパッケージが多い。

一方、風邪薬は症状に悪寒が伴うため、温める作用のあるオレンジ色などが、よく使われるのはいい例だ。

つまり、心理的欲求から自然に手に取りやすい効果を、色が与えているのだろう。

部屋の配色なども暖色、寒色、モノトーン等様々であるが、今日は三つの会社の人と4時間を同一場所で過ごした。

三社七人と話し合ったが、一応標題を考慮して黄色系の室内インテリアの場所を面談に選んだ。

話し合い・折衝がうまく運ぶかは時間が経たないとわからないが、暖色系は人を社交的にさせると言われるから多少の考慮をしたつもり。

 余談だが、女性と過ごすなら暖色系に限ると言われているのをご存知だろうか。

決してモノトーンの所で過ごさないようにした方が良いですぞ。

前にも書いたが、下着に赤を取り入れるのは、ここぞという時に力を出すし、赤の照明は興奮を引き出すのだ。

何気ない色の話が、「色気」の話になり過ぎないうちに今日は終わろう。

 

三浦雄一郎さんの快挙

三浦雄一郎氏がエベレスト登頂を果たしたことは、大きく報じられているのでご承知のことだ。

80歳にして世界最高峰に挑むとあって、その鍛錬の状況などが時折流れていた。

若さを表現するのに、小社が木製の椅子や箱等を依頼している「江頭さん」の事を二回書いた。

84歳の青年のタイトルであったと思うが、その後「癌」の切除手術を経て仕事に熱意を注いでいる。

仕事に対する情熱が以前と変わらない、と言うかむしろ増しているようにさえ思える。

江頭さんと三浦雄一郎さんを比べるもないが、共通しているのは「まだ若い」という点だ。

年齢を重ねていくと老人になっていくことは自然なことだが、「若さが全くない」人もいる。

もう一つは「若さを一度も体験していない」と思える人だ。

やはり年取っても「まだ若い」「自分の歳の7掛けだ」と思えるような人生でありたい。

三浦さんの快挙で思い出すのは、「青春とは年齢ではない。 ・・・その人の気持ちの持ち方である」と言う言葉だ。

青  春

サミエル・ウルマン

青春とは人生のある期間を言うのではなく心の様相を言うのだ。優れた創造力、逞しき意志、炎ゆる情熱、怯懦を却ける勇猛心、安易を振り捨てる冒険心,こう言う様相を青春と言うのだ。年を重ねただけで人は老いない。理想を失う時に初めて老いがくる。歳月は皮膚のしわを増すが情熱を失う時に精神はしぼむ。苦悶や、狐疑、不安、恐怖、失望、こう言うものこそ恰も長年月の如く人を老いさせ、精気ある魂をも芥に帰せしめてしまう。年は七十であろうと十六であろうと、その胸中に抱き得るものは何か。曰く「驚異えの愛慕心」空にひらめく星晨、その輝きにも似たる事物や思想の対する欽迎、事に處する剛毅な挑戦、小児の如く求めて止まぬ探求心、人生への歓喜と興味

人は信念と共に若く
人は自信と共に若く
希望ある限り若く 
   疑惑と共に老ゆる
恐怖と共に老ゆる
失望と共に老い朽ちる

大地より、神より、人より、美と喜悦、勇気と壮大、偉力と霊感を受ける限り人の若さは失われない。これらの霊感が絶え、悲歎の白雪が人の心の奥までも蔽いつくし、皮肉の厚氷がこれを固くとざすに至ればこの時にこそ人は全くに老いて神の憐れみを乞う他はなくなる。