1月の終わり

雑感

一月の終わりである。

節分が来ると暦は春である。

今日は旧正月で、日本以外の東南アジアのあちこちで、賑わいを見せている事であろう。

以前にも書いた事があるが、上海駅で大晦日に迷子になった時のことである。

当時、駅の周辺に30万人が取り巻き、物凄い混雑だった。(実際は外には出ずにじーっとホームで迎えを待った)

 中国では国民大移動がこの時期の恒例行事であるが、心配事がある。

鳥インフルエンザのウィルスが変異して、鳥から人・人から人に感染するタイプになっているようだ。

既に報道があるように、数百人が感染し25人程が死に至っている。

かの国の報告だから、ひょっとしたらもっと大きな数字かもしれない。

それにしても、人が動くとウィルスが蔓延するのは確実だ。

目に見えないウィルスの恐怖が、和が日本に迫っている事を感じざるを得ない。

都内にて

午後から都内に出向いた。

神田駅の近くにある大手企業の子会社で、小社の備蓄トイレの相談で訪問した。

様々な所にビジネスチャンスがあるのだが、要は決定権者に面会できるかに掛かっている。

そのような意味では、色々な方々のお力添えを頂いていて、誠に有難い限りである。

 ちょっと早めに行ったので、付近を散歩してみた。

写真では分からないかもしれないが、川は臭いこそしないがどんより濁っていた。

本当にこの川で魚が生きていけるのだろうか、心配になるような汚れ方だった。__

訪問を終えて外に出たら雨が降り出していた。

久しぶりの雨だが、八王子に着いた時にはあがっている。

これではカラカラ天気の解消にはなるまい。

モンゴルの生きるヒント

先に内モンゴルで日本のNGOが、大型鳥のエミューを飼育していることを書いた。

先週は異業種の集まりで、モンゴルによく渡航している人がいて、近いうちに会う約束になっている。

そんなこともあって、モンゴルについて少し調べてみた。

日本でモンゴルといえば、大相撲の力士が多いことであるが、大自然の中で生まれた知恵が一杯あるのだ。

諺を箇条書きにしたので、参考になれば幸いである。

 「百人の顔を見るよりも、一人の顔を覚えておけ」

 「誉めてくれたと喜ぶな。けなされたと怒るな」

 「笑い顔は皆友達ではない、怒り顔は皆敵ではない」

 「小雨は人をしとしとと濡らし、ひそひそ話は人間関係をおかしくさせる」

 「いくら幸せでも、ベッドの中で歌うな、いくら辛くとも、ベッドの中で泣くな」

 人間関係に関する諺を紹介した。

ああ、勘違い

ある専門学校の事務長を訪問した。

小生は自分の考えている事を、自分なりの表現で行ったつもりだった。

ところが、相手の考えている事と違ったのであろう、物凄く怒りだした。

何を怒っているのか良く解らないが、「謝れ」と言う。

何が失礼なのかが解らないのだ、さすがに小生はどうする事も出来ず、書類をまとめて出てきた。

今年は「あらゆることに優しく」をモットーにやってきているので、口では決して怒りを表すことはしなかった。

自分でも不思議なぐらい心穏やかであったと思う。

 先に、ここのトップとの話である程度合意ができると感じていたが、勘違いであったのだろうな

色々なところを訪問しているが、いい会社に共通している事があるように思う。

それは、「本物の思いやり」と「心配り」があって、組織にみずみずしさと生命力を感じるのだ。

無機質なものを感じる組織からは、人間の営みを感じないな。

これも現実の世の中なのだ。

 

アフリカからの贈り物

先日の「エミューオイル」に続いて、今日は違うオイルが届いていた。

何かと言うと、「アフリカの神様からの贈り物」というキャッチフレーズで販売している商品がある。

ご存知の方も多いのだろうか、「シアバター」というオイルである。

灼熱のサバンナに自生する「シアの木」の実からとれる油である。

樹齢が40年を経てから実ると言われ、ガーナでは「神の木の宝」として重宝されているものらしい。

食用として、薬用として、化粧品として使用され、近年は保湿性の高い自然素材として注目されている。

 小生の先輩がガーナから来日していたガーナ人Aさんと親交があった。

当時は素性を知らなかったが、何でも昨年ガーナの皇太子に就任したのだそうだ。

その縁で、「シアバター」を紹介されたのだ。

実物を扱ってみて考えてみようと考えているが、どうなるやら。

世の中は知らないものだらけだ。